研究会活動

テーマ;金利スワップ取引に関する2011年ドイツ連邦通常裁判所判決

 

報告者:中嶋弘弁護士、片山文雄弁護士

報告内容:金利スワップ取引に関する2011年ドイツ連邦通常裁判所判決

 

報告内容

今回の例会では、金利スワップ取引に関するドイツ連邦通常裁判所(BGH)の2011年3月22日判決について、対象となった金融取引の分析、判決内容の分析を行い、我が国における議論への影響等について意見交換が行われました。BGHは我が国の最高裁判所(最終審)に相当します。

 

第1 事案の概要 

1 X社(トイレ用品販売会社:企業規模は中規模)は以前よりA銀行との間で2つの金利スワップ取引(プレーン・バニラ型と呼ばれる単純な内容のもの。以下では「単純な金利スワップ取引」という)を締結していた。この金利スワップ取引から生じる負担を軽減するため、Y銀行が助言し、CMSスプレッドラダースワップ取引(本件取引)が推奨された。(CMS:Constant Maturity Swap 交換対象の変動金利としてスワップ金利を用いる金利スワップ取引を言う)
2 本件取引では、EURIBOR(ユーリボー:欧州銀行間取引金利)2年物スワップ金利と10年物スワップ金利のスプレッド(両金利の差)が拡大した場合にはX社の利益となり、縮小した場合にはX社の損失となる【別表参照】。本件取引は、A銀行との金利スワップ取引とは異なり、オプション性・レバレッジ性・経路依存性がある複雑な取引であり、損益と価格変動を把握することが容易ではない。
3 取引に先立ってY銀行がX社に交付した提案書には、スプレッドが著しく減少した場合、X社の支払が受取を超えるリスクがあること、損失リスクは「理論的には無限」であることが記されていた。一方、本件取引は、契約時に8万ユーロのマイナスの市場価値であったが、そのことの記載はなかった。その結果、X社はY銀行と本件取引の契約を締結した。
4 しかし、その後スプレッドが縮小し、1年後の金利支払義務が高額なものになったので、X社は多額の清算金を支払って、本件取引を解消した。
5 X社は、Y銀行に対し、良俗違反無効、詐欺取消による不当利得返還請求、助言義務違反若しくは説明義務違反に基づく損害賠償請求を行った。1審及び原審は請求を棄却したので、X社はBGHに上告した。

第2 判決内容

1 上記のように、本件取引は当初価値が8万ユーロのマイナス(ネガティブな市場価値)であったところ、BGHは、その点についての助言義務違反があるとし、以下の通り、Y銀行の責任を認めた。
2 ネガティブな市場価格は重大な利益相反の表れで、X社の取引開始決定に重大な意味を有する。Y銀行は利益相反を回避するか、利益相反の状態にあることを説明しなければならない。本件取引においてY銀行はX社と利益相反状態にあり、この状態でしたY銀行の助言はX社の利益に適合したものかどうか、疑いが生じる。
3 銀行が金融取引から利益を得ること自体は、自明なので原則として説明義務はない。しかし、Y銀行は意図的にリスク構造がX社の負担になるように本件取引を仕組んでおり、X社はこの点に気づき得ない。よって、例外として、Y銀行はネガティブな市場価格について説明義務を負う。
4 なお、X社はY銀行の説明が正確かつ安全であると信頼して良いので、過失相殺は行わない。

第3 意見交換

1 今回研究したBGH判例の対象取引は、単純な金利スワップ取引と違い、オプション性・レバレッジ性・経路依存性を有する複雑な組成内容となっている。そのような内在特性によって相手方事業者に不測の多額損失をもたらす可能性が生じる。リスク特性とその程度を把握するには、取引形態(言わば外形面)にとらわれず、実質面である損益と時価変動の程度およびその要因等を具体的に(数値化を含んで)分析することが必要である。
2 金利スワップ取引を対象とした(我が国)最高裁平成25年3月7日判決では金融機関の責任が否定されたが、これは単純な金利スワップ取引を対象としたものであった。その射程はBGH判例が対象としたような複雑な組成で大きなリスクを内在させた金利スワップ取引にまでは及ばないと思われる。詳細は25年4月18日の研究会報告をご参照。
3 複雑でリスクの高い金利スワップ取引の事案では、その中にオプション性・レバレッジ性が内在していることを抽出し、損益図に表す工夫をすることが不可欠である。そしてそれら及び経路依存性を(金融機関の)説明義務に結びつけることが肝要である。

[オプション性]
原資産価格によって権利行使しないという選択肢があるため上がれば上がった分に応じて儲かり下がれば下がった分に応じて損をする(あるいはその逆)というような線形性がないこと。オプション性のあるデリバティブ取引の場合は原資産のボラティリティがデリバティブ取引の価値に影響する。オプション売り取引の場合は、利益は限定されているが、損失は無限大にとも表現し得るほど大きくなる(リスクとリターンが非対称であること)。
[レバレッジ性]
単純な金利スワップ取引に比べて損失(リスク)が増幅される仕組みとなっていること
[経路依存性]
単純な金利スワップ取引と異なり、ペイオフ(受払)が満期時の原資産価格だけではなくそこに至る経路によって決まること。損益把握が困難であることを意味する。

【別表】
CMSスプレッドラダースワップ取引の内容
期間            5年
想定元本        200万ユーロ
金利決済の間隔  1年目は1年間
2年目以降は6ヶ月毎
Y→X          年3%の固定金利支払
X→Y          下記の計算式により算出する変動金利
EURIBORの10年物スワップ利率(A1)-2年物スワップ利率(A2)に左右される(以下この数値をRとする)。
1年目      固定金利1.5%
2年目前半      1.5%+3×(1.00%-R)
2年目後半      前期の変動金利+3×(1.00%-R)
3年目前半      前期の変動金利+3×(0.85%-R)
3年目後半      前期の変動金利+3×(0.85%-R)
4年目前半      前期の変動金利+3×(0.70%-R)
4年目後半      前期の変動金利+3×(0.70%-R)
5年目前半      前期の変動金利+3×(0.55%-R)
5年目後半      前期の変動金利+3×(0.55%-R)
変動金利の最低限度は0%